中国 同済大学での講演会

同済大学での講演会は、学生や教員をはじめ150人を超える聴講者にご来場いただく中、3時間を超えるスピーチ、その後の質疑応答も1時間も続き、気がつけば4時間を超える大講演会となった。さすがにスピーチが長時間になってしまっていたので、途中で切ろうかとも思ったが、会場から続行を促す拍手が沸き起こり、それにのせられるかたちで最後まで走りきった。

この一週間、中国で見て聞いて体験し考えたことの総括から話を始めた。 今の中国は活気に溢れ希望に満ち、見ているこちらもわくわくするものがあった。僕は1982年に生まれ、物心ついたころにはバブルが崩壊し、失われた二十年と呼ばれた時代に少年期、青年期を過ごしてきた。おそらくは、おぼろげに記憶の中にある日本が輝かしかった時代というものも、今の上海のようであったのかななどとどうしても重なってみえてくる。

バブル経済というのは、新しいものをつくりだすチャンスである。と同時に、有り余った金や仕事が無批判に拡大再生産を繰り返す危険性がある。作れば売れお金になるのだから、スピードが重視されクオリティは軽視される。けれども、実態を伴わない夢はいずれ虚構という言葉に変わり消え去ってしまう。 夢を虚構として終えてしまってはいけない。社会の実情を見つめ、人々の生活を見つめ、そこから必然的に生まれてくる状況をつくるのだ。未来のスタンダードを構想せよ。つくると生まれるの間を思考せよ。 問題提起から提言、具体的な理念と方法論、建築作品へと話を展開し、 いつの時代も問題と対峙する中から新しい建築や社会が生まれている。この社会は多くの問題を抱えている。一方で勢いとお金がある。あとはそれを実行する人が必要だ。それを担うのは君たちだ!と結んだ。

質疑応答では同済大学の建築史の准教授から、篠原一男との共通性をご指摘いただき、篠原一男からの流れをどう捉え、そこに自分をどう位置づけるかというご質問をいただく。丹下→メタボリズム→磯崎新→篠原一男→野武士→ポストバブル世代→ゼロ年代建築家の流れを系譜図を用いて語り、3.11以後の石上、藤本以降の80年代生まれ世代が考える新たな建築家像について語る。

中国はTwitterやFacebookが規制されているので、講演会の反応が伺えないのは残念だが、質問が1時間も途切れず、サインや写真を求める列もできたので、なかなかの反響だったのではないかと思う。

しかもなんと講演会後、新たな建築の設計の依頼をいただくことに。上海、深センと来て次は杭州だ。今回は明朝の便で日本に帰国するチケットをとってしまっているので、敷地へは行けないが、そう遠くないうちに中国編第2弾、杭州でも建築するぞの巻が始まりそうだ。

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